石原勇太郎の【演奏の引き立て役「曲目解説」の上手な書き方】第6回:音楽用語の表記





こんにちは!石原勇太郎です。

 

新年度が始まり、しばらく経ちました。

卒業、進学した皆さんは、新しい環境に慣れてきたころでしょうか。

私自身も進級し、特に周りの環境は変わらないものの、何となく新鮮な気分で毎日を過ごしています。

 

この連載は、昨年度から続けさせていただいていますが、

皆さん、曲目解説の書き方、わかってきたでしょうか?

少しでも、皆さんのお役に立てているならば、とても嬉しく思います。

 

曲目解説の世界も、なかなか奥の深いもので、

書き続けようとすれば、いくらでもテーマは出てきます。

しかし、あまりに長すぎると、皆さんも何が大切なのかわからなくなってきてしまうかもしれません。

 

ですので、あと数回の間に、皆さんに伝えたいことをまとめていこうと思います。

 

今回は、音楽用語の表記ついて一緒に考えたいと思います。

新年度と言うことで、今まで何となく使っていた音楽用語について、もう一度考えてみましょう!

 

 

第6回:音楽用語の表記

 

曲目解説を書いていると、音楽用語を使う機会が必ずあると思います。

 

もちろん、音楽の初心者向けの解説では、音楽用語はあまり使わないほうが良かったですよね。

しかし、一般的な演奏会では、ある程度の音楽用語を用いますし、少しコアな客層を意識した解説を書くならば、音楽用語をかなり使うことになると思います。

 

曲目解説の執筆を頼まれる皆さんならば、音楽用語をある程度知っているかと思います。

特に、普段は楽器を演奏する方や、作曲をする方ならば、解説を書く際にも特に調べることなく、音楽用語を使用しているのではないでしょうか。

 

実は、音楽用語を文章の中で用いる際には、ものによってはルールがある場合があります。

あまり気が付くことのない、音楽用語の表記について、いくつか見てゆくことにしましょう。

 

  1. 作品番号の表記

 

作品番号という言葉、吹奏楽の作品ではあまり使用しないかもしれません。

 

作曲家の酒井格さんは、ご自身のサイト上で、「Op.」という記号に番号を付けて作品を整理されています。

他にも、例えば吹奏楽でもよく取り上げられる、P.I.チャイコフスキーの《序曲「1812年」》は「op.49」と付けられています。

 

このように、作品に付けられた番号を「作品番号」と呼び、

一般的には「op.」つまり「opus」の略号を用いて表記されます。

 

作品番号は、作曲者自身が付けたもの、出版社が付けたもの、あるいは、作曲者の亡くなった後に学者が付けたものなど、様々です。

作品番号について詳しくお話しするのは、このコラムの趣旨とは違ってきてしまうので、

また別の機会があれば、そこで見てゆくことにしましょう。

 

作品を整理するための、この作品番号。

皆さんも、《序曲「1812年」》のように、吹奏楽のために編曲された作品の解説を書く際に、使うことがあるかもしれません。

 

さて、この「作品番号」には、表記の仕方がいくつかあります。

 

まず1つ目が「日本語にしてしまう方法」です。

例えば《Fantastical Symphony Op. 14》を、全て日本語にすれば《幻想交響曲 作品14》となります。

つまり「Op.」と表記されている部分を「作品」に直して表記すればよいのです。

個人的には、この表記方法をおすすめします。

「Op. 14」という記号がわからない人にも「作品14」と書いてあれば、「14番目の作品なんだな」ということが伝わりやすくなるかもしれません。

ただし、後でお話しする特別な事例の場合はこの限りではありません。

 

2つ目は「作品番号をそのまま表記する方法」です。

これは、特に悩むことなく《Fantastical Symphony Op. 14》を《幻想交響曲 Op. 14》と表記すれば良いのです。

題名のみ日本語にして、作品番号は「Op.」の記号を用いる、とても簡単な方法です。

 

3つ目は、表記の仕方とは違うかもしれませんが「そもそも作品番号を表記しない方法」です。

作品番号が、演奏会の曲目解説に必ずしも必要とは、個人的には感じていません。

「作曲者が付けた番号なのだから付けるべき!」というお声があるかもしれません。

しかし、先ほど書いたように、作品番号は常に作曲者自身によって付けられたものとは限りません。

また、作品番号は基本的に、その作曲者の作品を整理するための番号です。

 

例えば、演奏会の曲目が全て同じ作曲者なのであれば、作品番号を付けることで、作品の作られた順番や出版された順番が瞬時にわかって良いかもしれません。

しかし、演奏会の曲目が様々な作曲者の作品なのであれば、作品番号は必ずしも必要ではないかもしれません。

ですので、作品番号を付けるか付けないかは、皆さんの演奏会に合わせて選ぶと良いと思います。

 

さて、作品番号を付ける場合に特に注意してほしいことがあります。

これは、曲目解説だけでなく、演奏会のポスターやチラシにも関係することです。

 

特にアマチュアの楽団(吹奏楽・オーケストラ問わず)に多いのが以下のような表記です。

 

幻想交響曲 作品14

Symphonie fantastique Op. 14

 

日本語の題名と、その下(あるいは横)に原語で題名が書かれています。

さて、上の表記には問題がありますが、それは何でしょうか。

 

試しに、下に正しい表記になっているものを載せてみます。

 

幻想交響曲 作品14

Symphonie fantastique op. 14

 

間違い探しが好きな方は、もうお気づきかもしれません。

原語の作品番号の頭文字が、大文字か小文字かという違いがあります。

 

幻想交響曲の原題はフランス語ですから、頭文字を小文字にするのが正しいです。

しかし、もしFantastical Symphony Op. 14と表記するならば、頭文字は大文字で問題ありません。

 

何が違うかというと、言語が違うのです。

 

英語では、作品番号(opus number)を「Op.」と頭文字を大文字で表記します。

フランス語では、作品番号(numéro d’opus)を、「op.」と頭文字が小文字の表記です。

ドイツ語でも、作品番号(Opuszahl)を、「op.」と頭文字を小文字で表記します(ドイツ語はややこしく、頭文字が大文字で表記されている楽譜や資料もありますが、現在では頭文字は小文字が一般的です)

 

本来「opus」はラテン語ですので、全て頭文字が小文字の「op.」で統一すれば良いのですが、

英語のみ、なぜだか大文字表記がいまだに一般的なようです。

 

吹奏楽ももちろんそうですが、私たちは基本的に西洋の音楽を演奏したり、勉強したりしていますね。

ですので、なるべく言語の扱いには気をつけてみるのも、たまにはいいかもしれません。

 

1.のおまけ―特別な作品番号の表記

 

作品番号は、いままで見てきた「opus」のみではなく、

ある一人の作曲者のみに与えられる番号もあります。

 

さきほど、作品番号の表記を日本語にしてしまう方法の部分で少しお話しした、

特別な事例とは、ここでお話しすることです。

 

作曲者が作品に番号を付けず、整理されていない場合、

後の時代の学者が、作品の整理をする必要が出てきます。

その時に付けられるのが、特別な作品番号です。

 

例えば、J.S.バッハの《トッカータとフーガ ニ短調》はBWV565という作品番号が付いています。

BWVはJ.S.バッハの作品にのみ付けられている番号で、正式にはBach-Werke-Verzeichnis(バッハ作品目録)といいます。

また、《中国の不思議な役人》で人気のバルトークは、BB番号やDD番号がop.と一緒に使われることがあります。

 

これらの番号を日本語で「作品」と表記するのは、間違いになります。

例えばBWV565を「作品565」とは表記しません。

 

「作品○○」と日本語表記するのは、基本的に「Op.(あるいはop.)」と表記された作品番号だけと覚えておくと便利かもしれません。

 

  1. 調の表記

 

曲目解説の中で、調について触れることがあるかもしれません。

調の表記は、解説全体で統一されていれば問題ないのですが、念のために少しよく見てみましょう。

 

・日本語での表記

 

日本語で、作品の調を記述する場合は「長調」、「短調」という言葉に主となる音名を入れれば完成です。

「ハ長調」、「イ短調」のような表記、皆さんもよく見かけるのではないでしょうか。

 

極まれに「C長調」「A短調」のように、英語(あるいはドイツ語)の音名表記と日本語の調表記が混在しているのを見かけます。

これは大変見にくいので、特別な意図がない限り避けた方が良いと思います。

 

ちなみに、シャープは「嬰」、フラットは「変」で示せることも忘れないでくださいね。

 

・英語での表記

 

解説の中で、英語での調の表記をすることはほとんどないと思いますが…

英語の場合「長調」は「major」、短調は「minor」と表記します。

音名も英語にして、ハ長調であれば「C major」、イ短調であれば「A minor」と表記します。

音名は常に大文字です。

 

・ドイツ語での表記

 

吹奏楽の練習の場でも、おそらく調はドイツ語で呼ぶことが多いかもしれません。

解説の中でも調をドイツ語で表記しているのを、見かけることがあります。

ドイツ語では「長調」を「Dur」、短調を「Moll」と表記します。

 

ドイツ語で注意してほしいのは、「Dur」と「dur」、「Moll」と「moll」という表記が混在していることです。

現在のドイツ語書法では長調と短調は名詞なので「Dur」と「Moll」が正しい表記です。

しかし、これらがラテン語に由来する言葉で、もともと形容詞だったため「dur」「moll」と表記するのも、あながち間違いとは言い切れません。

ドイツ語圏の学者の書いた文章でも、人によって異なっています。

 

ですので、ここで大切なのは、自身の解説の中で調表記の頭文字は大文字と小文字を混同して使わないということです!

 

そして、もうひとつドイツ語での調表記の難しいところは、

長調の場合は、「音名を大文字」

短調の場合は、「音名を小文字」

で表記するというところです。

 

例えば、「ハ長調」と「イ短調」はそれぞれ、

C-Dur(あるいはC-dur)

a-Moll(あるいはa-moll)

という表記になります。

 

日本人がよく間違えるのが、短調の表記です。

もし、長調を「Dur」と表記するのであれば、短調も必ず頭文字を大文字にして「Moll」と表記しましょう。

よく「C-Dur」に対して「c-moll」と表記してしまっているのを目にします。

これはおかしな表記なので、調表記の頭文字は、長調・短調関係なく大文字か小文字かのどちらかに統一しましょう。

 

  1. 楽語

 

解説に楽語(ここでいう楽語とは楽譜上に書かれている音楽用語のことです)を入れる場合もあります。

例えばAllegroやAdagioなど、テンポ設定に関する用語はもちろん、

場合によってはcantabileやespressivoなどの表現に関する用語も入れる場合があるかもしれません。

 

これらの用語は、基本的に楽譜にあるものをそのまま書けば、問題ありません。

ただし、espress.のように省略されて楽譜に書かれている場合は、解説では省略せずに書いた方が良いかもしれません。

 

個人的には、演奏会の曲目解説で表現に関する用語を入れるのは、避けた方が良いと考えています。

 

例えば「espressivo(表情豊かに)と指示された旋律」と書いても、読み手はどの旋律を示すのか、いまいちわからないかもしれません。

「cantabile(歌うよう)な雰囲気」というのもよくわかりませんよね。

このように、楽譜に書いてある表現に関する用語は、あくまで作曲者から演奏者へのメッセージであり、聴きに来るお客様に文字で伝える必要があるのかは、よく考えた方が良いです(繰り返し、何度も聴くことのできるCDなどでの解説はまた別です)。

旋律の雰囲気や、音楽の展開を記述する方法は、また別の回で取り上げたいと思います。

 

ただし、先ほども書いたように、これはあくまで私個人の意見です。

もし皆さんの解説に、楽語を取り入れる必要があるならば、ぜひ取り入れてください。

 

テンポ設定に関する用語は、例えば複数楽章から成る作品の解説に良く使います。

「第1楽章 Allegro」のようにです。

 

日本語訳を付けるかは、完全に執筆者の判断に任されます。

「Allegro」のようにイタリア語だけでも良いですし、「Allegro(快速に)」のように和訳を付けてあげても良いです。場合によっては「快速に」と日本語のみにしても良いかもしれません。

 

 

さて、今回は音楽用語の表記について見てきました。

 

かなり細かいと感じた方もいらっしゃると思います。

しかし、良い曲目解説を書くためには読みやすさが大切です。

その読みやすさには、今回取り上げた音楽用語の表記も深く関わっています。

 

音楽用語を使用する際は、十分に注意してみてください。

それが、読みやすい文章を書くための小さなコツでもあるのです。

 

 

それでは!

 

 

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石原勇太郎 公式サイト

http://www.yutaro-ishihara.info/

 

※この記事の著作権は石原勇太郎氏に帰属します。


石原 勇太郎 プロフィール

1991年生まれ、千葉県八千代市出身。12歳よりコントラバスを始める。2014年、東京音楽大学器楽専攻(コントラバス)卒業。同大音楽学課程修了。2016年、東京音楽大学大学院 修士課程音楽学研究領域修了。現在、同大大学院 博士後期課程(音楽学)在学中。平成28年度給費奨学生。専門は、A.ブルックナーを中心とするロマン派の交響曲。
2014年、《天空の旅―吹奏楽のための譚詩―》で第25回朝日作曲賞受賞。2015年度全日本吹奏楽コンクール課題曲として採用される。以降、吹奏楽を中心に作品を発表している。
これまでに、コントラバスを幕内弘司、永島義男、作曲を村田昌己、新垣隆、藤原豊、指揮を三原明人、尺八を柿堺香の各氏に師事、また大学4年次より藤田茂氏の下で音楽学の研究を進めている。日本音楽学会、千葉市音楽協会各会員。
作曲活動の他、曲目解説等の執筆、中学・高等学校の吹奏楽部指導やアマチュア・オーケストラのトレーナーを勤める等、幅広く活動している。


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